使ってないブログ むにの短編小説

むにの短編小説。
前に使ってたサイトで仮に作った「使ってないブログ」というメニューが題材。

使ってないブログ

ある失恋の後、自分の気持ちを打ち明ける場所がなくてブログを書き出した。やり場のない気持ちで打ち付けるように言葉を書き綴った。

相手がブログしかないというと、友達のひとりも居ない寂しい奴だと思われそうだが実際それに近いものもある。
というか、恋愛ごとを人に相談する習慣がないだけなんだが、そういう所が人を寄せつけないところでもあるらしい。
個人的な気持ちや偏執的と思われそうな心の狭さを関係ない第三者に話すなんて、どんな顔をしたらいいのか考えるだけで尻がむず痒い。

そもそも一般的な恋愛対象とは違う男が好きなんだから、それほど親しくもない会社の同期だとか先輩だとかもちろん上司になんて話したくもない。
友達や家族にだってそうだ。何か面倒な事になるくらいなら、変な奴でいるほうが何十倍も楽だ。

今回の失恋はなんというか、本当に自分のことを否定したくなるほど単純でおバカな話。
一回り以上若い男に言い寄られ、アイドルのような顔立ちや若者独特の馴れ馴れしさにほだされ付き合ったのだが、情が湧いた頃に俺と同じような男に鞍替えされたというなんともお粗末なことなのだ。

俺は派手なばっと盛り上がって周りにひけらかすような恋愛よりも情が湧き相手をよく知り、燃え上がるよりもじっくり火がつくような恋愛が心地いいのに。

嵐のようにやって来て俺を散々ふりまわし嵐の後に捨てられた、そんな感じで突然の終止符。俺の感情は未消化なのだ。だからブログを相手に気持ちを封印する。

「はじめまして。お辛いですね。僕は苦しい恋愛の最中ですが、お気持ちお察しします。早く元気になりますように」

誰も見ていないはずのつまらないブログにコメントが付いていた。
荒んだ俺には仲間が出来て嬉しいような、変に物語風に書いた自分の文章が見られていることに恥ずかしさを感じるような複雑な気持ちだったが

「書くごとに元気になってると思います。ありがとうございます」

と返信した。

それから何人かコメントが付き、恋愛ブログというジャンルでそれぞれ書いているのを知った。そういう括りがあることも知らなかったが、読んでみると幸せそうな日々の出来事を書いているようでよく読めば不倫だったり、ネット上だけで会ったことは無いのに恋愛感情が盛り上がっていたりと世の中は愛だ恋だと騒いでいることにだんだん気持ちが萎えてきてしまい、物語風恋愛ぶちまけブログは完結した。

俺のどこにでもあるようなくだらない失恋話は、アドレスもログインIDもパスワードもわからないまま、ワールドワイドに浮遊しているのだと思っていた、というか存在すら忘れていた。

 

 

「ソルトシティーズってウェブサービス無くなるらしいですね」

テイクアウトのコーヒーを両手に持って来たのは同じ課の後輩で今日は一緒に営業に出ている若手だ。配置が代わり隣の席にやって来たので仕事を教えているところだ。

「ああ、懐かしいな。世代的にそんなの使ってないだろ?」

と、コーヒーが熱すぎて口をつけるのをためらいカップの蓋を取りながら返事を返すと彼は

「まぁ少し上の世代のツールですよね。僕らの頃はもっと簡単になってました」

だよな、と思いながらふぅふぅと熱いコーヒーに挑戦していると話が続いていて

「なくなると寂しいなぁと思うのは、そこでずっと読んでた話があって」

俺はやっと一口飲んだコーヒーを味わう前に喉に通しながら話を聞いていた。

「友人の家で出会った年下の人に付き合ってと何度も言われて、嫌いでもないしなんとなく付き合ってあげるという年の差カップルの話なんですけど」

ふんふん……?!

「その年上の人が書いてるんです。だんだん相手のことを知り隣にいることが普通になって好きになってって感じのことを日記みたいな物語みたいな感じで」

「何が面白かったんだ?」

「何がってよく分からないんですけど、ずっと読んでたらその人の事好きになっちゃったんですよね、こんな人と出会いたいって」

 

きれいに整えた襟足を人差し指でこすりながら目を細めている。

「そんなに魅力的な人だったのか」

「文字だけだからわからないはずのその人の優しさみたいなものが、本物なのか作り話なのかもわからないのに毎日更新されるのを待ってるうちに、いいなぁって思うようになったんです」

コーヒーの紙カップを触りながらそのネットの物語について嬉しそうに話している。こんな風に好きになったとか人に話せるもんなんだな。

屋外のテーブル席で風を感じながら楽しげな後輩の横顔をしばらく眺め

「そろそろ行くぞ」

と上着を着ながら促すと、彼は一気にコーヒーを飲んで立ち上がり口角をきれいに上げる。

「はいっ、片付けてきます」

と、カップを二つ掴んで捨てに行った。

歩道に並んで歩き出しウインドウに映る自分の姿に歳を感じ思わず背をのばすと、後輩は真っ直ぐ前を見たまま

「先輩はその人に似てます」

と、つぶやいた。

 

 

〈了〉

 

 

 

 

 

 

タイトルとURLをコピーしました