#花筏の殺し屋 むにうさリレー小説

#花筏の殺し屋
むにうさツイッターリレー小説。

宇佐の投稿したツイッターの写真から生まれました。
適当に始めたから(いつも通り)ちょっと話があちこちしてるけど。
むにが久しぶりに小説書いてるのでどうやって書いたらいいか忘れてるとも言う。
そんなところは、片目を閉じてスルーしてください。

#花筏の殺し屋

うさ
うさ

こんな都会の真ん中のドブみたいな川に、自ら飛び込むバカがいるか?

橋の上には人が集まり、パトカーや消防車、さらには救急車のサイレンも近づいていた。

飛び込んだ男は花筏をかき分け、小さな犬を追いかける。

飼い主と思しき老女は、欄干をつかんで座り込んでいた。

 

むに
むに

人垣の中から頭一つ分背の高い男が腕を組んで見ていた。花びらともやもやした何かにまみれ、ゾウキンのような小犬と俺。

その男は逆光で顔はよく見えないが、面白がっているように見える。

小犬を飼い主に渡すと、野次馬から歓声が上がった。

くそっマジくせぇ。何でこんなことしたんだよ、俺!

 

 

うさ
うさ

衣料量販店で買った安いスーツは、雑巾に変わり果てている。この街で一番目立たない服を用意したのに、彼は今、あらゆる角度からスマホのレンズを向けられて、この街で一番有名になりやがった。これだから、この男は。

僕は罵詈雑言を飲み込んで、目を細めた。

「先輩、風邪を引く前に帰りましょう」

 

むに
むに

「なんだよ、その目は。汚くて悪かったな!」

「そんなこと思ってないですよ。先輩が花びらと流されるところを想像しただけです」

「はぁ?」

離れて歩く背中が笑っている。

「筏に骨壷と花を一緒に流すという埋葬方法があったらしく、それが花筏の語源という説があるんですよ」

 

 

うさ
うさ

僕はラブホテルの前で振り返り、先輩の手をつかんで引き寄せた。

俯いて息を止め、自分の顔を赤くしてから、視線だけを先輩の顔に向けて微笑む。

「ん、どうした?」

先輩は目を細め、甘い声とともに微笑みを返してくれる。

僕は先輩のドブ臭い耳へ口を寄せ、笑顔で囁いた。

「このお人好しダメ人間!

てめぇが花筏に乗ってどうするんですか? 僕たちは花筏に乗せる側だということをお忘れなく!」

僕と先輩は軽いキスをして、手をつないだままホテルへ足を踏み入れた。

フロントのオヤジは僕たちを見て「またか」と笑い、僕は盛大なため息で返事をして、メモ用紙とルームキーを受け取った。

 

むに
むに

「入ってこいよー気持ちいいよぉ〜」

すっかりくつろいだ声がバスルームから聞こえてくる。全く…仕事中だってのに。

「僕は汚れてないんで!新しいメモ来てるんだからほどほどにしてください」

メモには僕たちにしかわからないように情報が書いてある。さらに、二人でないと読めないのだ。

 

うさ
うさ

僕は日時と場所しか読み取れない。

「明日の夜か。急だな」

SNSをチェックする。小犬を助けてトレンド入りする殺し屋なんて、見たことがない。

『飼い主さんがお礼を言いたいと探してます』

そんなメッセージとともに、先輩の画像や動画が掲載され、万単位でRTされている。

「とりま先輩の髪を切るか」

 

 

むに
むに

タオルを腰に巻いて出てきた先輩を座らせて、わしゃわしゃと髪を拭く。

「なに、サービスいいね?」

肩まである、ゆるいウェーブの髪はいつもゴムで団子にまとめてる。僕しか知らない下ろした髪を切るのはちょっと残念だけど、ハサミを入れた。

「ちょ!まてまてまてまて…」

と、先輩が遠ざかる。

 

 

うさ
うさ

「顔バレしまくっているんです。反省してください。明日はアイプチして、メガネもかけてくださいね」

つかんでいた髪を引っ張って椅子に座らせ、顔を覆うマッシュボブに切る。

「トリミングしたプードルみたいで、いいんじゃないですか」

肩に細かい毛がついた先輩を、再びバスルームへ押し込んだ。

 

 

むに
むに

「お前、俺で遊んでるだろ。なんだよ、シックなイケメンだったのに…」

デリバリーしたサラミのピザを口に押し込みながらまだ、文句を言っている。

「で、明日の計画なんですが…」

「首の後ろがスースーする」

後頭部に手を当てて俯くから、仕方なく隣に座って肩を組み、頭を引き寄せた。

 

 

うさ
うさ

「可愛いですよ、プードル先輩。さっさとターゲットの情報を解読しやがれください」

先輩は三白眼でメモを読み取り、小さく息を吐いた。

「経済振興会の会長だ。死因に不自然さがなければ、講演の壇上で倒れても構わないそうだ」

「明日の午後、プリンシパルホテルの飛翔の間が講演会場なんですね」

 

 

むに
むに

「もう、めんどくさいから仕込んだピザ食べさせておけばいいじゃん」

いつまでも機嫌を損ねたまま、最初から味の薄いコーラを吸っている。

「めんどくさいのは先輩ですよ!」

「…」

先輩は人が良くて優しくて仕事もできるけど自分の機嫌をとるのが時々下手くそだ。スイッチを入れなくてはならない。

 

 

うさ
うさ

「普段、お人好しのダメ人間と僕に罵倒されていたって、決める時は決めるから、先輩はカッコイイんじゃないですか」

僕はサラミを唇に挟んで突き出し、先輩に食べさせる。

「先輩の仕事を思い出したら、体が疼いてきちゃった。明日は仕事だけど、久しぶりに、気持ちいいことしちゃいます?

 

シャワーを浴びてくるから、ベッドに寝て待っていてくださいと言い置いて、僕はバスルームで15分待った。

髪を拭きながらベッドサイドに戻ると、先輩はコンドームの箱を握ったまま、健やかな寝息を立てている。

「相方に睡眠薬を仕込まれて、あっさり寝ちゃう殺し屋って、どうなの?」

 

 

むに
むに

コンドームの箱を取り、ベッドに滑り込んだ。

「そんなに髪が大切だったの?」

すっかり力が抜けた身体を抱き寄せて頭頂部に唇を付ける。

「僕は先輩を追いかけてここまで来た。どんな先輩でも着いていくって決めてるから、ちゃんと甘えてくれればいいのに」

目を閉じて先輩の夢の中へ入りたいと願った

 

 

うさ
うさ

『先輩』は僕と組むときに決められたコードネームで、その前は『アンジン』と呼ばれていた。

日本人らしく見えるが、長く会話を続けていると、ときどき清音と濁音の区別が曖昧になる。

「お前、そんなに殺気立っていたら、まるで殺し屋みたいに見えるぞ」

当時連絡拠点にしていた風俗案内所で気配もなく隣に立ち、そう言って僕を笑ったのが、先輩と僕の出会いだ。警戒心の強い相手に手間取る僕のために、上層部が先輩を送り込んできた。

「殺気がない殺し屋なんて、ただの腑抜けです」

悔し紛れを言ったが、痛いところを突かれた。

先輩は腑抜けの姿でターゲットとすれ違い、一発で決めた。

 

 

むに
むに

第一印象はムカついたけど、その仕事を見てしまった僕は「ずっとこの人と仕事をしたい。相棒になる」と、ボスに宣言した。

先輩は「仕事は一人でする」と言って認めてくれなくて、無理難題を何度も押し付けてきた。厳しくされればされる程、絶対に横に並べるようになると固く決意した。

 

「これからお前の名前は『知音(しおん)』な!」

ある時突然、先輩からコードネームをもらった。

「しおん?…なんか弱そ…」

先輩はタバコをくわえた口で、「名前だけ強くてもな」と遠くを見ていた。認められたってことなんだと気づくまで、時間がかかったのは、横顔に見惚れてたからとは言いたくない。

 

うさ
うさ

コンビ間で恋愛をするなんて、考えられない。

僕は気持ちを抑え、「知音」と呼ばれる度、名前に相応しい殺し屋になれるよう努力した。

「日本は警察も医療も水準が高い。不審な点を残せば面倒が起きる。死ぬまでの時間が長ければ蘇生させられる」

善良な市井の人になって自然に動け、と先輩は言った。

 

 

むに
むに

先輩はその言葉通りの人だ。小犬を助けたのだって自然な事だし仕事もきっと、同じレベルに思っている。全てにおいて平等に気持ちを注いでいるのが、僕の中ではよくわからない。

こうやって抱きしめている時だって、先輩は「仕事のため」なんて思っているかもしれない。

 

 

うさ
うさ

睡眠薬で寝た先輩は明け方から上機嫌で、鼻歌を歌いながら身なりを整えた。

「やあ、久しぶりに深く眠ったなぁ!」

「よかったですね」

夜中のうちに送られてきた追加情報を二人で読み解き、共有する。

「二型糖尿病。これを狙っていくか」

「血栓を作りましょう」

 

僕は薬剤をオーダーした。

対象は前日からホテルに宿泊しており、ルームサービスの朝食を摂る。

僕たちはワゴンを押して部屋に入り、対象が食前の薬を取り出すのを待った。

「お薬をお飲みになりますか。白湯をご用意致します」

先輩が行き届いたサービスを提供している隙に、僕は経口血糖降下薬と抗凝固薬をプラセボに替えた。

 

糖尿病患者は喉が渇く。

さらに二時間も講演するのだから、必ず水を口にする。その水へいろいろ混ぜておけば、血栓ができるし、動悸を感じて、眠気にも襲われる。

会場にいる人たちは、対象の体調が悪そうで、時々胸を押さえている姿を目撃する。あとは眠気に襲われて倒れるのを待つだけだ。

 

善良な先輩がいち早く駆け寄って、意識消失を確かめ、呼吸がないと決めつけて、心臓マッサージを開始する。懸命に胸を押し、勢い余って肋骨の一本を折って肺に刺す。

救急隊員と入れ違いにホテルを出れば、任務完了。

誰もが心筋梗塞だと信じ、善良な人の懸命な心臓マッサージを許し、殺人を疑わない。

 

 

むに
むに

日常に殺人なんてゴロゴロあるけど、疑うのは同業者かそいつを殺したかった奴くらいだ。

先輩のやり方はスマートで、惚れ惚れする。

何かが違えば例えば役者として有名になっていたのかもしれないけど、なんでこの仕事をしてるのか。

そういうのは聞かないのがルールだ。

軽く服装と髪型を変えて駅に向かう。

 

「どこいきます?」

「来た電車に適当に乗ればいいだろ」

「僕は桜をおいかけていきたい」

なんとなく思ったことを口にした。先輩は僕の言うことが間違ってなければ好きなようにさせてくれる。

「桜のスピードに合わせて移動するか。結構のんびりだな」

切ったばかりの前髪を弄りながら遠くを見ていた

 

 

うさ
うさ

桜前線を調べていたスマホに、対象の死を知らせるニュース速報が届いた。

『講演中に倒れ、救命措置が行われたが、心筋梗塞により死去』と書かれていて、目論見通りだ。

誰が何の目的で対象を殺したかったのかは知らないけど、東京駅のコインロッカーには成功報酬が詰まった紙袋が入っていた。

 

僕たちは一旦別行動になって、トイレの中で札束を数え、服を買って、新幹線の中で再会する。

「先輩、休みの日くらいウニクロを着るのはやめたら?」

「目立たなくていいだろ」

そりゃそうだけどさ。好きな人には、おしゃれをして欲しい。仙台に着いたら、牛タンより先にデパートで服を買おう

 

 

むに
むに

「腹減った!」

「さっき食べたじゃないですか、先に行くところがあるんです」

先輩はあんまりオシャレすぎるところは逃げられるから、駅のショッピングセンターにあるセレクトショップに決めた。素早く選んだコーディネートと一緒に試着室に詰め込む。

「さっき買ったとこなんだけど」

「違うんです。先輩と一緒にいる、僕のわがままです。ね、いいでしょ。こういうの着て一緒に桜を見に行きたい」

先輩は一瞬固まってから

「わかった」

と、照れながらカーテンを閉めた。

髪もセットし直したいなぁと考えていたら、小さい声が聞こえてきた。

「なんか似合わないかも…」

 

 

うさ
うさ

仕事ならどんな服だって着こなして、その場に溶け込んで見せるのに、私服となると、途端にぐずつく。

「めっちゃカッコイイ!似合ってるじゃないですか!髪の毛ちょっとこうしたら、ほらバッチリ!」

プードル頭を揉んで毛束を散らし、少し顔にかかるようにすれば、憂いを帯びたイケメンになる

「まるでオダジョー?タキトーケンイチ?オオイズミヨウかも!」

思いつく芸能人の名前を適当に挙げ、先輩が呆気にとられているうちに会計を済ませた。

「この服はお前のおごりか? それなら礼に、ひとつテクニックを伝授しよう」

見通しのいい真っ直ぐな道へ連れて行かれた。

 

人通りはそこそこあって、僕たちは人の流れに乗って並んで歩く。

「課題だ。あのコンビニまで、誰にも違和感を感じさせず、俺について歩け」

示されたのはたったワンブロックの距離だ。

僕は頷き、先輩と肩を並べて会話しながら歩く。

「お前、最近恋人と上手くいってる?」

「え?こ、こここ恋人?」

「こんな仕事をしている割に、表情が明るくて、いいなと思った。たまにはノロケ話を聞くぞ?」

先輩は僕の顔をのぞき込み、前から歩いてきた人と肩がぶつかって「失礼」と言った。

「あの。き、嫌われてはいないかな……って」

と、横目で隣を見て、僕はようやく先輩に巻かれたことに気づいた。

 

「もう!一緒に牛タン食べるんじゃないの?」

人間がひとり行方不明になるのは、とても簡単なことだ。次の仕事があれば会えるだろうけど、このまま二度と会えない可能性だって高い。

「ほんと、好きになったらダメなんだ」

僕は盛大なため息をついてコンビニの角を曲がり、牛タン屋の引き戸を開けた。

 

「遅かったな」

先輩はカウンター席に座り、生ビールの泡を唇につけて笑っていた。

僕は言葉もなく隣に座る。

「お前は対象が前へ逃げると思い込みすぎ。そして、お前の死角は?」

「四時半から七時です。『失礼』の時に僕の死角に入ったんですね?」

先輩は僕のジョッキに自分のジョッキをぶつけた。

 

 

むに
むに

僕のことを試してるとかそういうのじゃない。ゲームを楽しんでるだけ。わかってるけど悔しくて笑えない。

「ほら、牛タン食べたかったんだろ。この厚みがいいよな」

僕の取皿につまんで入れてくれるのは、親しみを込めてくれているとわかるから、思わず口角が緩む。

中華系の人ってそうやって勧めてくれるよね。僕はかなり単純だ。先輩のこんな仕草で全部許せる。牛タンスープやポン酢味なんかもたくさん食べて店を出た。

ライトアップされている桜の公園。今度は撒かれないよう先輩の気配に気を配る。

桜を眺めながら歩くとライトアップがなくなった。

 

「ライトアップされてない桜は迫力があるよな」

いつの間にか後ろにいた先輩が同じことを感じていて嬉しい!

「あのバーテンダーを尾行しよう!」

「なんでバーテンダーだと思った?」

「服装、髪型、たぶんレモンとライムの入った袋」

「もうちょい近付こう」

「あ、路地を曲がる」

 

裏口に消えたバーテンダーの店を確認すると、古くも新しくもないバーだった。

「一杯飲んでいこう」

「先輩は一杯じゃ済まないけど」

先輩は目を細めて不満げにチラ見してきた。

僕は飲みすぎて欲しくないなって思っただけだ。

今日は同じ部屋を取ってある。

「ちゃんと連れて帰りますよ」

 

 

うさ
うさ

「僕、この仕事についたら、こういう店を拠点にするんだと思ってました」

「裏に暗号が書かれたコースターを差し出されて? そんなキレイな商売じゃない。残念だったな」

先輩はコースターの裏に数字とアルファベットをランダムに書き連ね、僕の胸ポケットに入れて笑った。

 

その笑顔は、近くの女性グループの興味をひいた。女性たちはすぐに顔を寄せて会話を始め、何度も横目で先輩を見て、忍び笑いをする。

「客同士の顔が見える店は使い勝手が悪いですね。自分の顔を伏せ、他人の顔も見られないところじゃないと」

僕は女性グループを不機嫌な気持ちで一瞥し、残っていたカクテルを一息にあおった。

「ねえ、先輩。僕、今日はめちゃくちゃしたい気分なんです。口説いてくれませんか」

「口説く? そんなおねだりは諜報の奴に言え。俺は物理的にハートを撃ち抜く訓練しかしていない」

日本で活動する殺し屋は、滅多に銃を使わない。

わざわざアシがつきやすい銃で人を殺すのは、素人のやることだ。

「僕、ピストルは苦手」

 

知識はあるし、訓練もしているけれど、よほど近距離で、かつ相手が静止していない限り、一発では無理だ。動いている相手なら、念を入れて三発は撃つ。

先輩はサイレンサーをつけて命中精度が下がっても、心臓を一発で抜く。念の為の二発目は逃げ道を確保しながら眉間を抜く。傭兵だったとか、軍の諜報部にいたとか、いろんな噂は聞くけれど、本当のことはわからない。

その整った顔立ちからは、何の過去も読み取れない。

 

ぼんやりしていたら、先輩が僕の顔をのぞきこんで笑った。

「お前、ピストルは苦手でも、ピストンは得意だよな?」

僕は下品な話に思わず笑い、先輩のカクテルも飲み干した。

「ホテルに戻りましょう。実演してあげます」

 

 

むに
むに

僕は先輩を先に部屋に入れドアを閉め、そのまま唇を合わせた。僕たちはただの仕事の相棒でコードネームしか知らない。

でもきっと、それ以上の関係だと思うんだ。先輩が僕に今の名前をくれた時は、それだけで十分だと思ったけど今はそれじゃ満足出来ない。

「僕は先輩にとってどんな存在?」

唇をふれたまま、初めて問う。なるべく重くならないように、悲壮感なんかださないように。

明日も明後日も一緒にいるために、腕をゆるめることは出来なかったけど。

 

「何って…」

「まさか体だけが目的?」

「バカか」

やっぱりずっとシリアスなのは苦しくて、ふざけてしまった自分にガッカリだ。

「お前は俺の最高の相棒だろ」

いつもと変わらない笑顔とその言葉は今日の出来事を思い出させた。突然姿が見えなくなる不安、好きになった気持ちのやり場、女の子たちの視線。

ベッドにもつれて倒れ込み、先輩の顔の脇に腕を立てた。

「先輩が口説いてくれないから、僕は拗ねてます。セックスするだけじゃ嫌だ、恋愛もしたい」

「何甘えてんだ。お人好しだのダメ人間だの言うくせに」

「先輩!!それは…っ」

言葉は先輩の唇で遮られた。逆にベッドに押し倒して、僕が選んだシャツを脱ぎながら先輩が跨ってきた。

「俺の知音。やっと覚悟が出来たか」

 

うさ
うさ

「愛してる。大好きだ。永遠を誓ったっていい」

先輩はキスの合間にそう言って、僕の身体から衣服を取り去った。僕も先輩のキスに食らいついて、舌を伸ばし、服を脱がせた。

直接重なる肌は熱く、心地よかった。僕たちは互いの肌へ指先を滑らせ、身体をつなげて激しく揺れた。

 

つなぎ目から生じる熱い快感が、全身をかけめぐる。

高みを目指して喘ぎ、喘ぎながら互いの口を口で塞いで、さらに喘いだ。

「知音、知音」

苦しい息の間に繰り返し名前を呼ばれ、僕もきつく抱きしめて、激しく揺れて思いを遂げた。

天に抱き取られるような恍惚とした時間を経て、先輩と微笑み合う。

 

つなぎ目を解き、互いの身体を拭く間もおどけて笑う。並んで寝るときも頭を寄せ合い、脚を絡めて抱き合った。

目が合えばキスをして、優しい気持ちで微笑む。

ふっと僕を抱く腕の力が緩んで、先輩は眠りに落ちた。

一番甘い時間なはずなのに、僕は不安に襲われる。

僕が寝ている間にいなくならないで。

 

今までも、不安な夜は先輩に睡眠薬を盛っていた。仕事の前日や肌を重ねたあとは、特に気持ちが不安定になって、先輩がいなくならないようにした。

僕は先輩用に調合した無味無臭で透明な液体を、薄く開いた口の中へ垂らす。

「大好き。僕は一人じゃ生きていけない」

先輩の身体を強く強く抱き締めた。

 

先輩の体温を感じながら、安心して眠りについた。

「なんで? 二滴飲ませたから、六時間は効くはずなのに」

翌朝、ベッドに先輩の姿はなく、シーツは冷えきっていた。荷物もなくなり、枕には髪の毛一本残っていなかった。もしやとベッドサイドのゴミ箱を見たが、案の定昨夜の痕跡は消されていた。

 

むに
むに

全身から力が抜けていくのがわかる。身体中から血を抜かれているみたいだ。でも、それ以外何も感じなかった。何も考えられなかった。

ベッドに倒れ込んだらそのまま吸い込まれて行きそうだった。

 

「いなくなるなら優しくしないでよ…」

泣きたいのに涙も出なくて、ただ目を閉じて記憶をなぞる。

 

いつの間にか窓の外が暗くなっている。

異常に重力を感じる体に水を流し込みシャワーを浴びて着替え、昨日のバーに行ってみた。

「今日もいらしてくれたんですね。おひとりですか?」

曖昧な返事をして一杯だけ飲んで店を出た。昨日とは逆に進んで桜の公園までやって来る。

 

桜の花びらは、サラサラと風に落とされ時々強く舞い上がっていく。

「桜を追いかけて北海道まで行って、先輩とジンギスカン食べるつもりだったのに」

顔に張り付いた花弁を取ろうとした時に、僕は涙を流していることに気がついた。きっともう二度と会えない、そう思うことで折合をつけるしかなかった。

 

 

うさ
うさ

先輩が上層部にコンビ解消を申し出たのか、次からは僕単独の仕事ばかり来た。

先輩と組む安心感は消え、デカい仕事もなくなったが、機動性はよくなった。先輩の逃走経路まで気にしなくてよくなったし、タイミングを計る必要もない。僕は僕のペースでいろんな人とすれ違い、いろんな人の病室に入った。

 

病苦から逃れるための依頼は、なるべく痛みや苦しみが少ないように。そんなカスみたいな優しさを身につけて、点滴のバッグやチューブのジョイントから薬液を流し込む。

まだ温かな手を握り、お疲れ様でしたと囁いてから、非常階段を下り、白衣を脱いで病院を出た。

「もう桜の時期か」

 

川沿いに咲く桜を辿って歩いていたら、見覚えのある場所に出た。

先輩が小犬を助けるために飛び込んだ場所だった。

「お人好しのダメ人間」

僕は腕を組んで花筏を眺め、胸ポケットの違和感を思い出す。

バーでもらったコースターだ。裏には先輩の字で意味のない数字とアルファベットが書かれている。

 

こんな指紋も筆跡も店の名前も残っているものを持ち歩くのはリスクが高いが、先輩の痕跡はこれしかなくて、捨てられなかった。

「あれ?」

数字だけを拾って並べ変えたら電話番号になった。

残った文字を翻訳アプリで読み取って、僕は欄干をつかんでしゃがみこんだ。

「なんだよ、また課題だったのか」

 

 

むに
むに

いまさら何もなかったように電話をかけられない。だってあれから一年経ってしまった。

一年たってやっと、先輩がいないことを気にしていてはいても、辛くなることはなくなったのだ。その時間は僕にとって長すぎたけど、先輩にとっては?僕のことなんて忘れてるかもしれない。

 

でも…。

電話番号と組み合わせてあったのはyongyuon。これを漢字にすると「永遠」。

駅に向かって歩きながら心を決めた、永遠ってあのとき先輩が言ってくれたことだから。

 

コールしながら、先輩はまだこの電話を使ってるのか?そもそも知らない番号に出るのか…と考えていたら声がした。

 

「はい」

 

「せ…んぱい」

「知音か。もしかしてやっと意味がわかったのか?」

「…どうせ僕は…出来が悪いですよ」

声が震えて足が止まった。

本当に先輩だ。

「元気か」

「はい、元気です…」

「今現場なんだ、終わったら桜を見に行くか」

先輩、さっきまで会ってたみたいな言い方なんだけど。

 

「この前の続きですか?」

「だな。北海道までいくんだろ」

随分前の「この前」だと思ったけど、会えると思ったら今すぐ会いたい。

「先輩、いつ終わりますか? 近くまでいきます」

最後の方は鼻声になって

「お前、花粉症だったか?」

と言われてそういうことにしておこうと思った。

 

 

うさ
うさ

僕は伊達メガネと花粉症用のマスクを買って、飛行機に乗った。

「スプリングコートも買えばよかった」

空港の外に出て、思わず首をすくめる。たった一時間半の移動なのに、季節が逆戻りしたような寒さだった。

首をすくめたまま周囲を見回していたら、ハイブリッド車が静かに滑り込んできた。

 

運転席に座る先輩は僕を見て微笑み、僕もマスクの内側で口角が上がるのを感じる。跳ねるように走って、車の助手席に座った。

車はすぐに発進し、僕は後部座席にボディバッグを投げて、ウニクロの紙袋を見つけた。

「相変わらずウニクロなんですね」

「目立たなくていい」

「そうですね。僕の好みじゃありませんけど、いいと思います」

僕の返事に、先輩は声を上げて笑った。

「一年前は自分好みの服を押しつけていたのに、大人になったな」

「大人になったというよりは、恋と愛の違いじゃないですか」

「ウニクロの服ごと、俺を愛してるって?」

「そうです」

 

人間は、いつ死ぬのかわからない。会いたい人には会い、言うべきことは言っておかなくては。

「先輩を愛してます。どんな服を着ていても、この気持ちは変わりません」

「一丁前を言うようになったな。今夜のジンギスカンは俺のおごりだ」

車は市街地の手前で国道を逸れ、川沿いの細い道を走る。

 

 

どこへ行くんですか、と質問したくなったとき、僕は正面に見えてきた光景に目を見張った。

「すごいだろ? 早咲きの桜が植えられているんだ」

車を停めて歩くうちに、視界は濃い桜色でいっぱいになる。

360度桜に囲まれた場所で、先輩は足を止めた。

 

「知音。お前は一人なんかじゃない。いつだって俺が一緒にいる。永遠に、だ」

そう言いながら僕の左手をつかみ、薬指に銀色のリングをすべらせて笑う。

「さすがにこれはウニクロじゃないぞ」

結婚指輪が光る自分の左手を、とても不思議に思いながら見た。

 

「俺にも」

同じデザインの指輪と左手を差し出され、僕は先輩の左薬指に結婚指輪をつけた。

「ところで知音は、今夜も俺に睡眠薬を盛るつもりか?」

「え? な、何のことですか?」

「お前がそうしたいなら、俺は大人しく寝たふりをするけど、たまには中身がすり替わっていないか確認した方がいいぞ」

 

いつの間に僕のボディバッグから抜き取ったのか、先輩は目の前で睡眠薬の小瓶を振っていた。

「それは」

制止する間もなく、先輩は小瓶に口をつけ、一息に呷る。

「ダメ! 濃度を高めてあるんです!」

昏倒する、呼吸抑制も起きるかもと慌てたのは僕だけで、先輩は自分の唇を舐めて笑っている。

 

瓶に残った一滴を手のひらに落とされて、おそるおそる舐めてみた。

「甘っ!」

「ステビオールグリコシド粉末を水で溶いただけ」

「ステビア! 羅漢果! いつの間に!」

「お前がこれを作ってすぐ、自分で飲んで効果を確かめていた時に。よく寝ていたから簡単だった」

 

「先輩は、一回も薬で寝ていなかったってことですか?」

「この甘い味がしたら、寝たふりをしろという合図。なでたり抱き締めたり、甘えたりされて、毎回いい気分だった」

「うわあ! 死ぬまで黙っていて欲しかった!」

恥ずかしすぎて、桜の木の下にしゃがみ込む。

 

先輩も隣にしゃがみ、僕の顔をのぞきこんできた。

「こんな正直者でお人好しな殺し屋ですが、永遠によろしくお願いします」

「こちらこそ。何の変哲もない殺し屋ですが、永遠にお願いします」

咲き誇る花を通した陽の光が、僕たちの頬を桜色に染める。

 

「メガネとマスクは邪魔」

どちらも外されてから、改めて頭を下げあって、誓いのキスをした。

唇の接地面を通して、互いを愛する気持ちが行き来する。

こんなキスができる人と永遠を誓えるなんて! と、感動した矢先、先輩は唇を離して僕をからかう。

「お前の花粉症は重症だな」

「メガネとマスク、返してください!」

「ダメ」

言葉と同時に僕は抱き締められて、先輩が着ているウニクロのシャツに水分を吸われた。

 

〈了〉

 

 

 

むに
むに

あとがき!

 

宇佐さんとリレーするなんて…と、毎回内心では思ってたりする。筆力が違いすぎるから、きっと宇佐さんが何とかしてくれると信じて書く感じw

先輩が中国系の人ってことで、知音の名前が決まったり、謎解きにも中国語を使ったり、こういうお遊びが出来るのはつも雑談してるからなんだろうな

 

知音の意味は、中国の故事成語からくる友達とか恋人の意味。

知音はどっちの意味だと思っていたのか。

これは私が考えた。

 

先輩はずっと先輩という名だったけど、アンジンという前のコードネームは「安静」で音がなく静かなことから、仕事ぶりを表してる。

こっちは宇佐さんが考えた。

 

名付は難しくて悩むけど面白い。

 

そしてリレー小説は何も考えてなくても、進めるうちに形になっていくし、何より楽しいから、小説お休みしてたリハビリにピッタリ。

そう、これはリハビリなんです。これからバリバリ宇佐さんに書いて欲しくて。

アレもこれも、これから書いてね宇佐さん。

ネタがありすぎて頭の中で順番待ちしてるから、少しでもこれが後押しになりますように。

お疲れ様でした!!

 

自分の性格とは全く違う、もだもだキャラを書くのが得意な、むにでした。

カッコつけたイケメン書きたい!

最後までありがとうございました(*´`)♡

 

20220412

 

 

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